葛飾北斎は引っ越し魔だった!?2019年3月12日

皆さんこんにちは!学芸員のKです。

 

 

3月も半ば、卒業や進学、就職など、春は出会いと別れの季節ですね。4月から新天地で活躍する人たちにとっては、引っ越しの準備などで大変な方も多いのではないでしょうか。

 

 

引っ越しといえば、葛飾北斎は「引っ越し魔」でとても有名な人物です。

 

 

北斎は90歳まで生きましたが、生涯に引っ越した回数はなんと93回と伝えられています。

 

 

・・・すごい数ですね!

 

 

そのうち新宅を構えたのはただ1度、北斎が49歳の時で、あとは全て借家住まいでした。

 

 

また、あまり整理整頓が得意ではなく、家はいつも書き散らした紙や絵具、絵筆で散らかっており、部屋が汚れるたびに引っ越しを繰り返したそうです。

 

 

散らかった部屋で布団を頭までかぶり、ひたすら絵を描いていました。

 

 

友人であった曲亭馬琴は、「転居と改号については、この男ほどよく変えるものはいない。」と半ば呆れた口調で語っていたといわれています。

 

 

そして北斎は80歳の時、江戸の家が火災にあい、書き溜めていた下絵や縮図を失います。

 

 

そのとき北斎は筆を握りしめたままの姿で家を飛び出し、後ろも見ずに逃げ去ったそうです。

 

 

それから3年後の83歳の時、友人でもあり弟子でもあった小布施の豪商、高井鴻山をたよって小布施を初めて訪れ、その後3回ほど行き来しています。

 

 

その小布施来訪時に、東町祭屋台の天井に「龍」「鳳凰」の絵を

 

 

上町祭屋台の天井には「男浪」「女浪」を

 

 

小布施にある岩松院というお寺の本堂の天井にも、とても大きな鳳凰の絵を描きました。

 

 

小布施で描かれたこれらの作品は、今でも北斎館と岩松院で見ることができます。

 

 

 

引っ越しを繰り返し新しい土地に行くたび、北斎のなかではどのような心境の変化があったのでしょうか。

 

 

 

叶うならば北斎本人に直接聞いてみたいなぁと思うKでした。

 

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