「旅した北斎」と「旅する浮世絵」2021年6月2日
こんにちは、学芸員のNです。
約3か月ぶりのブログになってしまいました。
その間に三度目の緊急事態宣言がでて多くの美術館、博物館などは臨時休館の措置をとることとなりました。
6月からは一部緩和され時間短縮ながら開館している施設が多くなっていますが、本当に早く治まって欲しいものです。
北斎館では引き続き新型コロナウイルス感染防止のためあらゆる処置を行ったうえでお客様をお招きしたいと思います。
ということで今回は企画展「てくてく、ふらり、のんびり 旅する浮世絵」についてです。
企画展「てくてく、ふらり、のんびり 旅する浮世絵」が6月13日(日)まで開催しています。
「旅する浮世絵」ということで浮世絵の世界で旅する雰囲気を味わってもらおうと企画しましたが北斎本人の旅はどうなんだろう、と思った方も多いのではないでしょうか。
北斎は絵師として江戸で制作に励んでいますが、旅にもでています。
記録として残されている大きな旅は1812年(文化9年)に名古屋の門人、牧墨僊の家に逗留し、のちに刊行される有名な『北斎漫画』の下図300枚ほどを書き残した旅です。
1817年(文化14)には再び名古屋を訪れ、同年10月に名古屋西掛所(西本願寺別院)境内で120畳ほどの大きな達磨半身像を描いています。
この年の旅行では大阪、伊勢、紀州などの近畿地方を経由したとされ、北斎は各地の名所などを巡り、旅の楽しみを感じていたかもしれません。
他にも甲州を旅するなど、関東周辺は度々出かけていますが、その最後の旅行が信州小布施になります。
小布施最初の探訪は1842年(天保13)の秋と考えられています。
『北斎研究』第8号から12号にかけて由良哲司先生が「北斎の信州小布施旅行」というタイトルで論文を掲載しており、これが小布施と北斎に関する研究の礎となっています。
この中で先生は1842年、北斎83歳の落款がはいった秋の七草は小布施で描いたものだと断定しており、これが1842年小布施滞在の根拠の1つとなっています。
実はこれ、現在北斎館に所蔵されている作品だったりします。
都合4回小布施に来たという由良先生の説に従い、小布施に残された東町・上町祭屋台天井絵や岩松院八方睨み鳳凰図が検証された結果、小布施は一躍北斎の町となりました。
もう1つ、よく質問されるものにどのようにして小布施に来たのか?というものがあります。
83歳、高齢の北斎が小布施を訪ねるのはとてもリスクのある旅行になります。
徒歩、籠、馬、水運などあらゆる移動手段が考えられますが確証がなく、またルートもはっきりしていません。
なので考えましょう。
と思いましたが既に長文になってしまったので今回はルートを考えてみましょう。
当時の旅行で江戸から小布施に向かうルートは幾つかあり、五街道のひとつ、中山道を通り、軽井沢追分付近から北国街道を通って北上するルートが一般的です。
人の往来が盛んで宿場も多く安全に旅行できる反面、関所や碓氷峠といった難関が存在します。
温泉で有名な草津を通るルートもあります。群馬県前橋から中之条、草津、白根山を越えて現在の山ノ内町湯田中を通る温泉ルート♨、こちらは草津道と呼ばれていますが、小布施に行くにはかなり大回りになります。
そして最後は群馬県高崎から浅間山の東側をまわって大笹宿を経て鳥居峠、菅平高原、仁礼、福島に通じる大笹街道です。
由良先生は大笹街道を通ったのではないかと考えていますね。
理由は他の街道に比べ小布施への距離が短いからです。
どのルートも上信を隔てる山を通らざるを得ないのですが、大笹街道は山道が最も短く、他の2街道の中心を通る位置にあります。
『大笹街道ガイド』財団法人仁礼会、平成10年5月20日発行 より引用
その分、宿場数が少なく古老の話では山賊も出たと言いますが、関所が少なく物資輸送の重要ルートとして人の往来は多かったそうです。
個人的な推論では、私も大笹街道ではないかと考えています。
理由の1つは、江戸に店を構え北斎とも親交のあった十八屋(小山文右衛門)の存在です。
北斎にとって鴻山のいる小布施は未知の場所、そこを訪ねるにはルートを事前に把握している必要があります。
北斎は十八屋から小布施への道のりを聞いていたのではないでしょうか?
十八屋なら物資輸送で大笹街道を頻繁に使っていたと考えられ、距離が短く山道が少ないならなおさらです。
他にも理由は考えられるのですが、最初の旅程は大笹街道じゃないかな、と思います。
「いやいや中山道だろう、年なんだから安全が一番!」と考える方も多いはず。
仮説は仮説、このテーマは立証されていませんから色々な考え方ができるし、必ずしも往来の全てが同じ街道とは限りません。
「北斎の旅を想像する」、今回の展覧会は作品だけではなくそんなことを思いながら鑑賞してみるのも面白いかもしれません。
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