北斎館収蔵「祭屋台」大解剖⑧

雪の信濃路

真冬の宿場と街道を
墨の濃淡で描く

しんしんと雪の降る、真冬の宿場町が描かれています。 宿場は、江戸時代に中山道や東海道など街道の拠点として設けられ、町として発展しました。 旅人が泊まる宿屋や、休憩する茶屋などがあり、荷物や人馬の中継所ともなりました。

絵は手前から奥へと描かれています。 前景では、街道は右下から左上へのび、絵の中ほどは街道が左下から右上へのび、降り積もった雪か、あるいは雲か、白い空間が描かれています。そして遠景では、鉤の手に曲がる宿場の家並みが続きます。

番傘をさす人、かごをかつぐ人、菅笠をかぶる人。 みな足元を気にしながら背を丸め、それぞれの旅路を歩いています。


上町祭屋台編

「祭屋台大解剖」最終回となる今号では、上町祭屋台の「妻飾り」と「欄間」をくわしく見ていきます。

 

 

 


名門の宮大工が
手がけた彫刻

上町祭屋台の妻飾りと欄間は、東町祭屋台と同様に亀原和田四郎嘉博が手がけました。この人は、現在の上高井郡高山村の出身で、代々続いた宮大工の2代目でした。宮大工とは、神社やお寺の建築を専門とする大工です。

2代目 嘉博は、高山村の高社神社の彫刻、須坂市の浄運寺の欄間彫刻を手がけました。彼は一流の宮大工としての腕を見込まれて、北斎先生に彫刻の制作をまかされたのです。

めでたく美しい
妻飾りと欄間

唐破風の下にある妻飾りは前後とも「応龍」(①・②)です。いずれも黄金色に輝き、豪華につくられています。中国の古典小説『述異記』によると、泥水で育ったマムシは、500年でウロコのある「雨龍」となり、さらに1,000年で龍(成龍)となる。龍は500年で角のある「角龍」となり、さらに1,000年で翼のある「応龍」となる。さらに年老いた応龍は「黄龍」と呼ばれると書かれています。

①前部の妻飾り「応龍」

①前部の妻飾り「応龍」

②後部の妻飾り「応龍」

②後部の妻飾り「応龍」

前部の欄間には、仙人と龍が彫られています。その下には、満開の桜の花に囲まれた錦鶏のつがいがいます(③)。後部の欄間には、仙女と唐子、仙人の姿が、その下には紅白の菊とこちらもつがいの鳥が彫られています(④)。

③前部の欄間の仙人と龍、桜の花と錦鶏のつがい

③前部の欄間の仙人と龍、桜の花と錦鶏のつがい

④後部の欄間の仙女と唐子と仙人、紅白の菊とつがいの鳥

④後部の欄間の仙女と唐子と仙人、紅白の菊とつがいの鳥

前後をつなぐ左右の欄間には、紅白の牡丹と美しい鳥、そして朝顔のからむ垣とつがいの鶏が彫られています(⑤)。それぞれに美しい花と鳥が配された、とても華やかな彫刻が四方を囲みます。

⑤前後をつなぐ左右の欄間

⑤前後をつなぐ左右の欄間

そして、いずれの欄間も立体的な「籠彫り」と呼ばれる彫刻で、表側だけでなく、裏側もきちんと彫られています。


北斎館収蔵
祭屋台大解剖⑧

かつて小布施の夏を
にぎわせた祇園祭

小布施の皇大神社には、金比羅社、西宮社などとともに八坂社が祭られています。これは京都市東山区にある八坂神社の分社のひとつです。八坂神社はもともと祇園社と呼ばれ、毎年夏に祇園祭が行われます。平安時代に京都の街で流行した伝染病を神に鎮めてもらうために始まりました。

小布施でも、かつて祇園祭が行われ、7つの祭屋台が練り出して、祭を盛り上げていました。なかでも東町と上町の祭屋台は「北斎の屋台」として注目を集めたといいます。

東町祭屋台

東町の祭屋台は文化2(1805)年に町方衆の寄贈によって再建されたという記録があり、現存する7つのうち、もっとも古い歴史をもちます。

その後、天保15(1844)年に改造されるにあたり、小布施村民の意向を受けた高井鴻山に依頼され、北斎先生が天井絵「龍」と「鳳凰」を描きました。

1階には笛、太鼓、三味線などの囃子方が入り、祭囃子を奏でました。2階は舞方が踊る手すり付の舞台になっています。

 

 

上町祭屋台

上町の祭屋台は、高井鴻山が私財を投じてつくりあげました。弘化2(1845)年、前年に引き続いて小布施を訪れた北斎先生が、天井絵「男浪」「女浪」と装飾の制作に携わりました。

1階には囃子方が入り、2階は飾り屋台として仕立てられ、中国の伝奇小説『水滸伝』にちなんだ皇孫勝と応龍の彫刻が飾られています。

 

 

 

 

それぞれの天井絵

北斎先生は約半年をかけて東町祭屋台の天井絵「龍」と「鳳凰」を描きました。「龍」は、燃えるような太陽を背に飛翔する龍が描かれ、そのまわりを激しい波しぶきが囲みます。「鳳凰」は、暗い藍の地に描かれ、ふたつの図は対照的です。そして祭屋台の天井では見つめ合うように配置されています。

上町祭屋台の天井絵「男浪」と「女浪」は、両図とも波頭の描き方を極めた迫力満点の作品です。画面の奥から幾重にも重なり合いながら波頭が渦巻き、周囲には波しぶきが飛び散ります。

そしてそれぞれの周囲には12㎝幅の縁絵が金箔を地にして描かれ、両図を豪華に彩っています。この縁絵の中には、西洋の花や天使と思える図も描かれていて、北斎先生の知識の豊富さに驚かされます。