北斎館収蔵「祭屋台」大解剖⑤

鍾馗

鍾馗の鬼気迫る姿が 迫力満点

鍾馗

鍾馗とは、中国の唐の時代(六一八~六九〇年)に実在した人物とされていますが、帝を病から救ったという言い伝えによって魔除けの神様となりました。

日本では、五月の端午の節句(子どもの日)に鍾馗を描いた幟や掛軸、人形を飾って子どもの健やかな成長を願います。

北斎先生の描く鍾馗は、長い髭を蓄え、中国の官人の衣服をまとい、剣を持ち、大きな眼で悪鬼をにらみつけています。墨一色のなかで瞳だけが青く描かれ、その迫力がよく伝わってきます。

署名には「九十老人卍」とあり、北斎先生が最晩年の九十歳に描いたことがわかります。


上町祭屋台編

今回は、東町祭屋台に続き、上町祭屋台をくわしく紹介します。

上町祭屋台は、北斎先生と深い絆を結んだ豪農商、高井鴻山が私財を投じて造りあげました。

長野県宝にも指定された小布施を代表する祭屋台です。


迫力満点の怒濤図

上町祭屋台は、東町祭屋台よりひと回り大きく、高さ四・八四、幅二・四〇、奥行三・八五メートルほど、二階建て・台車付きの構造です。

江戸時代末期の弘化二(一八四五)年、小布施を訪れた北斎先生が高井鴻山の依頼を受けて、屋台天井絵の怒濤図「男浪」と「女浪」を半年の歳月をかけて描きました。
さらに先生は屋台全体の装飾や造りまでも監修しました。

「男浪」「女浪」図は、大海の荒々しさを砕け散る波頭や逆巻く大波によって、見事に表現しています。
また、図の周囲を飾る縁絵は、北斎先生の下絵をもとに鴻山が彩色したといわれています。

「男浪」図の縁絵には、唐風の花鳥や鳳凰、麒麟、唐獅子が描かれています。
一方の「女浪」図には、翼をつけた天使が描かれ、西洋のことも知る北斎先生の学識の豊かさに驚かされます。

リアルな立体彫刻

二階には、中国の名作『水滸伝』に登場する軍師、皇孫勝が呪文を唱え、海から応龍を招く立体彫刻が飾られています。
北斎先生の監修のもとに、皇孫勝は彫師・三代 亀原和太四郎 嘉博が、龍は江戸の人形師・松五郎が手がけました。

台車は二輪で、前後左右に動かす引き手や押し棒、梶棒があり、屋根は唐破風で、構造は東町の屋台同様、釘一本使わない組み立て式となっています。

一階は、笛、太鼓、鉦、三味線などの噺子方が入るところで、周囲の窓に御簾を下げ、「疑宝珠」という飾りをのせた欄干がめぐらされています。

また欄間は「籠彫り」といって、内部を漉かすように彫った立体的な彫刻で飾られています。
亀原和太四郎 嘉博が手がけ、唐風の仙人と龍、桜の花、金の鶏のつがい、紅白牡丹と小鳥、朝顔とニワトリなどがリアルに彫られています。


◎唐破風
「破風」は、屋根の妻側(三角形の部分)のことです。「唐破風」は、中央部が弓形で左右両端が反った屋根で、門や玄関、お寺や神社、お城などによく見られます。

◎欄間
仙人と龍、弁天と仙人、桜と金の鶏、紅白の牡丹花や小鳥など彩色豊かな欄間彫刻が見る人の目を惹きつけます。

◎皇孫勝と応龍の彫刻
『水滸伝』に登場する中国の武将皇孫勝が呪文を唱え、応龍を呼ぶ立体彫刻です。

◎斗組
梁や桁を支える木組みで2階部分の桁の重さを受けている。三斗組という。

◎一階/囃子方
笛、太鼓、三味線などを担当する囃子方衆が入る場所です。周囲は御簾と呼ぶすだれが掛けられ、中が見えないようになっています。

◎台車
屋台を支え、移動のための車です。前部には引っ張るための太い綱と、向きを変えるための梶棒、横には押し棒を取りつけます。

◎妻飾り(懸魚)
唐破風の下についている飾り。水に関係する魚の形をしているが、この屋台の前部には黄龍、後部に黄金の応龍が施され、豪華さを醸し出しています。

◎垂木
棟から軒にかけた等間隔に並べた斜め材で、屋根の重さを支えています。

◎二重虹梁
社寺建築で用いられる梁の一種で、虹のようにやや弓なりに曲がっていることに由来します。

◎天井図
北斎先生の傑作「男浪」・「女浪」図 両図とも先生の代表作「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を思いおこさせ、波頭の描き方を極めた迫力満点の作品です。画面の奥から幾重にも重なり合いながら渦巻く波頭、周囲に飛び散る波しぶき、また、前々号で紹介した「陽」と「陰」の構図がここでも用いられています。