氏家コレクション―肉筆浮世絵の美

酔余美人図

酔余美人図赤い杯でお酒を飲んで酔ったのか、物憂い様子の芸妓が三味線箱にもたれかかっています。

箱に置かれた赤い包みは手紙でしょうか。男性からの恋文に、思いをめぐらせているようにも見えます。

女性の白い肌を朱色と薄墨の輪郭線が繊細になぞり、一方で衣装の線は、筆の勢いのまま直線的に力強く描かれています。

細かな紋様の描きこまれた着物や帯は渋い色味でおさえられ、朱色が差し色となり、黒色が画面を引き締めます。

対角線を成す構図とも相まって、小さな作品ですが、北斎先生の美人画の代表作のひとつに挙げられる傑作です。

氏家コレクション

北斎館開館40周年を記念して、 肉筆浮世絵のコレクションで有名な 故 氏家武雄氏が集めた作品のなかから 傑作50点を展示します。 ここではさらに選りすぐりの6点をご紹介します。

 

氏家コレクションとは

 

氏家武雄さんは昭和初期に設立した製薬会社の経営者です。ご本人が「酒もタバコもだめ。仕事と美術品収集が私のすべて」と述べたように、生涯にわたってたくさんの肉筆浮世絵を買い集めました。それら百数十点もの作品は現在、鎌倉市にある鎌倉国宝館に保管されています。

氏家さんが数ある美術品のなかから肉筆浮世絵を選んだのは、その作品の多くが海外に流出していることを心配したからです。浮世絵版画は、絵師・彫師・摺師の三者によって製作され、複製が可能で、何枚も刷ることができます。しかし肉筆浮世絵は、絵師が直接描いた一点しか存在しない作品です。いったん海外に出てしまえば、日本人が二度と鑑賞することができなくなります。こうしたことを防がなければならないという思いがあったのです。

 

鎌倉国宝館とは

 

鎌倉国宝館鎌倉市に関係する鎌倉時代から室町時代を中心とする絵画、彫刻、工芸、書など様々な文化財を保管、展示している美術館です。収蔵作品数は約1000件、4800点に上り、国宝や重要文化財が多数収蔵されています。故氏家武雄氏の肉筆浮世絵コレクション百数十点もこの鎌倉国宝館で保管、展示されています。

今回、貴重な氏家浮世絵コレクションを鎌倉国宝館の特別なご協力により、北斎館で展示することができたのです。

 

肉筆浮世絵の魅力

 

何よりも氏家さんは、肉筆浮世絵が好きでした。その魅力を次のように述べています。

「肉筆は何といっても、絵師一人の純粋な心と技の結果である。私は同じ浮世絵でも、そのナマな迫力がまえまえからじつに好きであった」。肉筆浮世絵には、絵師の力量がよくあらわれるのです。

氏家浮世絵コレクションは、われらが北斎先生はもちろん、浮世絵の始祖といわれる菱川師宣をはじめ、多色摺りの錦絵を完成させた鈴木春信、上方で活躍した月岡雪鼎、美人画の大家とされる喜多川歌麿、東海道五十三次を描いた歌川広重など、著名な絵師の傑作が勢ぞろいします。

今回、北斎館に展示される50点を鑑賞すれば、江戸時代初期から幕末までの風俗の移り変わり、そして浮世絵の変遷が一望できることでしょう。


「桜下遊女と禿図」菱川師宣「桜下遊女と禿図」菱川師宣

満開の桜のもと、髪を束ねて後ろに垂らした遊女が、盆を捧げ持つ禿を振り返ります。
遊女の身体と桜の木、それぞれが曲線を成し、色とりどりの着物の紋様も美しく描かれています。

菱川師宣

師宣によって江戸の浮世絵が始まったと言われます。
それまで、絵本の挿絵でしかなかった版画を絵画芸術の域にまで高めたのが師宣です。
晩年には「見返り美人図」などの肉筆画でその才能を発揮しています。

 


「桜下遊君立姿図」鈴木春信「桜下遊君立姿図」鈴木春信

桜の下、右手で着物の褄を取り、垣根から一歩踏み出す美人の姿。
派手さをおさえた落ち着いた色の着物をまとった花魁だと思われます。大変めずらしい鈴木春信の肉筆画です。

鈴木春信

京都で西川祐信に学び、江戸時代中期に江戸で活躍しました。
細身の美人画を得意とし、全体的に叙情性に優れた作品を多く残しました。
浮世絵版画の「錦絵」技法を確立したことでも知られています。

 

 


「かくれんぼ図」喜多川歌麿「かくれんぼ図」喜多川歌麿

目隠しをした子どもと、衝立に隠れる女性。
目隠しした鬼から、手を打ち鳴らしながら逃げる「めんない千鳥」をして遊んでいる様子を描いています。
歌麿の初期の作品と考えられています。

喜多川歌麿

江戸時代を代表する絵師の一人です。
美人画と言えば歌麿と言われるほどに、美人画には抜群の才能を発揮しました。
女性の全身像を描かず、胸から上、あるいは顔だけを大きく描くことで、写実性に優れ、女性の性格や生活環境までも描写しています。


「しだれ桜三美人図」月岡雪鼎「しだれ桜三美人図」月岡雪鼎

花見を楽しむ3人の美人。
やはり上流階級のご婦人でしょう。
着物や帯の紋様と配色や、女性それぞれの立ち姿と指先の表情まで、細かな部分をよく表現しています。

月岡雪鼎

江戸時代中期から後期にかけて大坂で活躍した近江国(滋賀県)出身の絵師。
西川祐信の影響を受けました。
版本の挿絵や肉筆画では美人画が多く、瓜実顔で、肌の色は白く、輪郭線に朱色と薄墨を用いた技法は、女性の艶やかさを引き出します。


「大黒に大根図」葛飾北斎「大黒に大根図」葛飾北斎

南北朝時代(1336年~1392年)の武将が天皇に向けて桜の木に詩を書きつけたという物語をもとに描いたとされています。
大黒様も大根も商売繁盛を願う縁起もの。
町人らの求めに応じて描いた北斎先生の傑作です。

葛飾北斎

われらが北斎先生。
江戸浮世絵界を代表する絵師で、作品数は三万点余を数えます。
肉筆画では北斎館所蔵の祭屋台天井絵「男浪」「女浪」図、「龍」「鳳凰」図、『肉筆画帖』など、その多くは晩年に描かれています。

 


「高輪の雪」「両国の月」「御殿山の花」歌川広重「高輪の雪」「両国の月」「御殿山の花」歌川広重

高輪、両国、御殿山といえば江戸の三名所。
そこに雪月花を組み合わせた三幅対の絵です。
三幅の絵はいずれも対角線を巧みに重ねており、あたかも観る人を奥へと引き込むかのような効果をもたらします。

歌川広重

幕末を代表する絵師です。
風景画を専門に描きました。その代表作が「東海道五十三次」で、風景画家として名声を博しました。とくに海や川、空などを独特の藍色(インディゴ)で描き、その藍色は「ヒロシゲブルー」と呼ばれています。

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