北斎先生の絵をテーマ別に見てみよう③

「福寿草と扇面」

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福寿草と扇面

福寿草は、まだ雪の残るころから黄色い花を咲かせて、真っ先に春の訪れを告げます。別名「元日草」ともいって、正月には欠かせない新春を祝う花でもあります。そのふっくらとした花芽が今にも開こうとしています。

かたわらに富士山の描かれた扇が飾られて、正月の室礼でしょうか。おめでたい雰囲気が伝わってきます。1枚の絵に小さな花と大きな山を描いた対比も興味深いところ。全10図からなる『肉筆画帖』のうちの一図で、晩年の傑作とされています。

 


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北斎先生は代表作である「冨嶽三十六景」ほか、たくさんの「風景画」を描きました。

先生が描く風景画といえば、やはり富士山でしょう。

版画だけでなく、数多く残る肉筆画のうち、今号では富士山の描かれた風景画に注目します。


磯の香りと 潮騒まで描く

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潮干狩り

肉筆画の「潮干狩り」では、より緻密に、駿河湾かどこかの海岸の風景が描かれます。

手前の干潟から、船をはさんだ向こうの干潟。奥の「三保の松原」と思しき松の木々。さらに奥の海上には帆船が浮かび、はるか彼方に雪をいただく富士山がそびえます。

西洋画の影響を受けた遠近法で、縦長の画面を見事に描ききっています。

生き生きとした楽しげな海辺の様子からは、磯の香りや潮騒の音まで伝わってくるようです。

 

 

 


名所絵といわれる新ジャンルを確立

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冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏

「富嶽(あるいは冨嶽とも書く)」とは、富士山のこと。先生の代表作である「冨嶽三十六景」は、各地から望む富士山の様子を描いています。

ちなみに発表された当時、北斎先生はすでに72歳でした。

それまで役者絵や美人画が主だった浮世絵に、「名所絵」と呼ばれる新たなジャンルを築きます。

江戸時代の後期には旅ブームが起こり、名所絵は観光ガイドとして、あるいはおみやげ品として、庶民の人気を博したのです。


歴史上のできごとや自分の思いも重ねて

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冨嶽と徐福

紀元前三世紀半ば、徐福は秦の始皇帝の命令で、不老不死の薬をさがしに日本へとやってきました。

そんな歴史的伝説を描いた作品です。
長らくその存在を疑われていた徐福ですが、どうやら中国に実在した人物であることがわかってきました。
富士山の雄大さに徐福は驚き、手にしていたラッパを思わず落としてしまったのでしょう。

また、最晩年の作である「富士越龍」では、黒雲のなかを昇天する龍が、すらりとした姿の富士山とともに描かれます。

辰年生まれの先生が、龍に自分を重ねた「心象風景」といえるでしょう。

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富士越龍