旅する北斎①

『絵本隅田川両岸一覧』両国 納涼 一の橋弁天

絵本隅田川両岸一覧江戸時代、一般庶民は自由な旅行が出来ませんでしたが、中頃からは寺社参詣を兼ねた旅なら許され、旅行ブームが起きるほどでした。

中でも江戸っ子に人気だったのが「大山詣」(神奈川)。 大山詣に向かう際には、江戸・隅田川にかかる両国橋のたもとの水垢離場で身を清めてから「奉納大山…」と書いた木太刀を持って参詣するのが決まり事。 その場面を描いたこの絵をはじめ、全ページの絵が隅田川の両岸にまつわる春夏秋冬の風景と行事をパノラマのようにつないで描かれたのが『絵本隅田川両岸一覧』です。


旅する北斎①

今号から新シリーズで、北斎先生が旅した地を大まかなブロックに分けて紹介します。

江戸時代は、現在のように自由に日本各地へ旅をすることはできませんでしたが、江戸後期になると伊勢参りや大山参りなど、信仰の旅は盛んに行われました。
そのため庶民には、各地の名所旧跡を訪ねた旅の思い出につながる「東海道」や「中山道」シリーズの浮世絵は大変な人気となりました。

北斎先生は、そうした庶民の願望をかなえるため、現実にはありえない大胆な構図で驚かし、人々が見て楽しめる各地の風景を描きました。

第一回は江戸周辺。
北斎先生の創作活動の拠点となった江戸周辺は見どころに満ちた町でした。


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北斎先生は若いころから年を取るまで日本各地を旅行し、たくさんの作品を残しましたが、なんといっても江戸および江戸周辺の風景を一番多く描いています。

先生の代表作である「冨嶽三十六景」の中にも「下目黒」「東都浅草本願寺」「江戸日本橋」などがありますし、版本にも『絵本隅田川両岸一覧』『東都勝景一覧』など数多くの傑作があります。

ここにあげた「品川御殿山花見」は東海道品川宿にあった御殿山のお花見の様子を描いたみごとな肉筆の作品です。左右1メートル50センチもの絹地に花見を楽しむ庶民の浮かれた姿、周囲の家々、江戸湾に浮かぶ船などが先生独特の筆遣いで細密に描かれています。品川御殿山花見


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狂歌絵本『画本東都遊』「佃 白魚綱」先生最初の旅行の年齢・きっかけは、はっきり分かっていませんが、北斎と名乗る前の勝川春朗・俵屋宗理時代のことです。

先生が四十歳に「隅田川」「日本橋」「佃」などの江戸の市中を描いた『東遊』が出されました。狂歌の選者である浅草庵市人の前書きに「江戸という都のさまを絵にうつす」と書いています。その言葉に応えた仕事をしたのが先生でした。

先生は江戸の町とその周辺の神社仏閣や名所、またそこに住む人びとの生活ぶりを詳しく描くことで、絵本を見た人が行ってみたくなるように絵を描いていきました。
後に『東遊』は『画本東都遊』として、色摺絵本になるほど人気が出ました。


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18-09浮世絵の「冨嶽三十六景」、そしてその数年後に出した錦絵「諸国名橋奇覧」などの作品群は、見たままに写し描くこと(写実)を超えて、強く印象を受けた風景をおもしろい構図として表現するかに先生のエネルギーが注がれ、強く印象を受けた風景画が誕生したのです。

「諸国名橋奇覧」全十一枚のうち、十枚は全国各地の名所や、佐野の舟橋・八橋のような和歌で詠まれた名所で、絵を見た庶民たちはさぞ旅への夢を膨らませたことでしょう。

江戸の「かめゐど天神たいこばし」は藤の花を愛でたり、太鼓橋を渡ったりして訪れた場所でした。


冨嶽三十六景めぐり⑤