北斎の周囲にいた浮世絵師たち②

屏風 七小町「草子洗小町」

屏風 七小町『草子洗小町』「七小町」とは、平安時代の歌人で絶世の美人と伝わる小野小町にまつわる七つの物語です。謡曲や浄瑠璃となって江戸の人々にも人気のこの題材を北斎先生は肉筆画で描きました。

「草子洗小町」は、小町の名声をねたむ人によって起こされた盗作疑惑を小町が自ら明かす場面です(歌が書かれた紙を水で洗うと、あとから書き入れた文字が消え、身の潔白を証明)。

落款は北斎改戴斗ですが、瓜ざね顔の楚々とした美人画は北斎先生が俵屋宗理を名乗った時代に身につけた〝宗理様式〟の流れを汲む作品とされます。

 


北斎の周囲にいた浮世絵師たち① 北斎先生 独自の画風を模索する

どんな世界にいても、人は周辺(人・モノ・コト・自然)から影響や刺激を受けつつ成長していきます。
北斎先生だってそうでした。


北斎先生、江戸琳派の先駆・俵屋宗理の二代目を継ぐ

ダルマ桃山時代から江戸時代中期にかけて、上方では、俵屋宗達・尾形光琳らが優れた美術品を生み出しました。(近年、彼らが築いた装飾的要素の強い絵画様式を尾形光琳の名前をとって「琳派」と呼んでいます。)

時代が進むにつれ、江戸でも、琳派の絵画様式をめざす絵師たちが現れます。江戸琳派の絵師として酒井抱一が知られていますが、彼より以前に花鳥画などを得意とした俵屋宗理(初代)という人もいました。

30代半ばまで、勝川春朗という名で役者絵などを描いてきた北斎先生。破門という形で勝川派を離れたため、仕事が来ても春朗の名はもう名乗れません。どんな名を絵に署名したかというと―――宗理!!

 


北斎先生、狂歌絵本のさし絵で実力発揮!宗理様式を確率

「諸芸三十六のつづき」浅草菴市人撰北斎先生は春朗と名乗っていた頃、琳派やほかの流派の絵を学びました。二代目俵屋宗理を襲名した北斎先生は、主な仕事に狂歌絵本のさし絵や摺物、絵暦を手がけました。

江戸では俳諧(俳句)や狂歌が流行し、狂歌連や俳諧の集まりがありました。これらの集まりは、狂歌や俳諧を摺物にして、名刺代わりに元旦などで仲間うちに配りました。なかには歌川豊国や喜多川歌麿らの人気絵師にさし絵を頼んで、狂歌絵本をオーダーする狂歌師もいました。そこに北斎先生も堂々参入したのです。先生は春朗時代とは全く違う筆使いで叙情的な風景画や静物画、美人画を次々提供しました。

宗理(北斎先生)の描く美人画はすらりとした長身で、瓜ざね顔、小さな目鼻立ちを特徴とする上品な女性像です。先生は宗理型美人と呼ばれる美人画を完成させたのです。この美人画は摺物や狂歌絵本のほかにも、北斎の肉筆画に多く見られます。


冨嶽三十六景めぐり②


定規やコンパスを使って絵を描いてみよう!

犬
①コンパスで小犬を描くとき、円の大小の割合に注意しながら、よくよく本物と見くらべて描いてください。

②大きな犬は角と円を混ぜて描きます。
もっとも大切なことは線を引くところと円の形をバランスよく描くように気をつけましょう。

 

 

 

ムカデ右の絵は北斎先生の『略画早指南』にあるムカデの描き方です。

まず、コンパスを使って下図①を描きます。

それから本物に近づけるように塗って②完成させます。

 

 

 

募集!!定規やコンパスを使って描いた絵

送り先/〒381-0201 長野県上高井郡小布施町大字小布施485
一般財団法人 北斎館「定規・コンパスのイラスト」係 宛
締め切り/平成25年10月31日(木)
発  表/発送をもって代えさせていただきます

優秀作品には北斎館から記念品をプレゼントします!