シカゴ ウェストンコレクション 肉筆浮世絵 ー 美の競艶

「美人愛猫図」

葛飾北斎「美人愛猫図」

美人愛猫図

 

北斎先生の壮年期を代表する肉筆美人画のひとつ。

瓜実顔に小さな目とおちょぼ口、すらりとした体つきと首をぐっと傾けた姿は、先生が俵屋宗理を名乗っていた頃に確立した「宗理様式」の典型といえます。

全体的に灰色系のおさえた色調に、ちらりとのぞく下着の襦袢や口紅、猫の首輪の赤色が映えます。

左手は袖を通さずに、懐手して猫を抱きますが、猫は下に何かを見つけて、今にも飛び出そうとしています。猫をおさえる女性の驚きの表情を北斎は見事にとらえています。

 

 


シカゴウェストンコレクション肉筆浮世絵―美の競艶

浮世絵の華、美人の姿がさまざまに

201507現在、北斎館では、アメリカ・シカゴの日本美術収集家ロジャー・ウェストン氏が集めた千点以上の作品の中から、50人を超える絵師たちによる約130点の肉筆浮世絵を展覧しています。

今号ではいくつかの作品をとおして、肉筆浮世絵の美と、浮世絵がどのように発展し、江戸社会にどのような影響を与えたかを見ていきます。

【会期】
開催中~10月13日(火)

【開館時間】
午前9時~午後5時30分

【入館料】
大人1,000円、高校生700円、中学生以下無料


一章

上方(京都・大坂)で誕生した浮世の絵

室町から戦国時代にかけて、京都や大坂で、大名たちが絵師に屏風絵などを描かせました。

大画面の障屏画は、江戸時代になって富裕な町民による注文を受けて小型化し、やがて掛軸の一人立美人図が描かれるようになります。

無款「平城平安洛中洛外図屏風」

平城平安洛中洛外図屏風


二章

江戸で開花した浮世絵

上方の影響を受け、江戸では「見返り美人」で知られる菱川師宣によって浮世絵が確立されます。

彼の子どもや弟子によって菱川派が形成され、古山派という流派も生まれます。

彼らによって浮世絵師という仕事は、広く認知されたのです。

菱川師宣「江戸風俗絵巻」

江戸風俗絵巻


三章

美人画に人気が高まる

その後、江戸では、歌舞伎の役者絵や美人画を専門とする工房が現れるなど、さまざまな浮世絵の画派が生まれます。

一方、京都では西川祐信が活躍し、その美人画は、江戸の浮世絵師にも影響を与えます。

女性の流れるような着物の線を描く美人画は、庶民の間でも人気を呼びます。


四章

浮世絵の黄金時代

明和2(1765)年に鈴木春信が「錦絵」と呼ばれる多色摺り木版画を完成させ、浮世絵は黄金期を迎えます。

北斎先生の師匠である勝川春章や喜多川歌麿、清らかな肉筆美人画を描いた鳥文斎栄之も人気を博します。
※江戸時代、大阪は大坂と表記されていました。

初代歌川豊国

初代歌川豊国「見立雪月花図」 左「花」 中「月」 右「雪」


 

五章

活発な活動期の幕末

幕末を迎え、浮世絵界はもっとも活発な動きをみせます。

なかでも歌川派が最大勢力を誇り、歌川広重、国貞らが活躍します。

70年にもおよぶ作画人生を送り、独自の画風を確立した北斎先生もまた、多くの弟子を抱えていました。


六章

上方浮世絵の復活

西川祐信以降、停滞していた上方の浮世絵は、宝暦年間(1751年~)に復活をみせます。

大坂では月岡雪鼎が活躍し、京都では祇園井特が写実的な美人画を描きました。


河鍋暁斎「一休禅師地獄太夫図」

一休禅師地獄太夫図

七章

明治の近代浮世絵

明治維新を迎えた東京の浮世絵は、豊原国周など歌川派が支えていました。

なかでも河鍋暁斎は強烈な個性を発揮します。

そして最後の浮世絵師といわれる小林清親は、浮世絵版画に西洋の技法を取り入れ「光線画」と呼ばれます。

 

 

 


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